奥原希望の仕事と練習場所、趣味、ケガ、東京オリンピック代表への想い

バドミントン女子シングルスの奥原希望選手。

2020年東京オリンピック代表最有力候補のひとりです。

奥原希望選手の趣味、これまでのバドミントン人生などについてまとめました。

スポンサーリンク

奥原希望の仕事とハードスケジュール・練習場所

参考:2017年8月9日放送 「日テレ★ミライ」

奥原希望さんは現在、
世界ランキング7位(2017年12月7日現在)、
日本国内ランキング2位(2017年12月8日現在)
のバドミントン選手です。

日本ユニシス株式会社の
バドミントン部に所属しています。

そのため、基本的な身分は
「日本ユニシスで働く会社員」
ということになります。

実際にお仕事ができるのは週2回・午前中のみ。

あとはバドミントンの練習
または海外遠征
または合宿
またはどこかで試合

というハードな生活です。


バドミントンの練習は超ハード!

1日の練習で体重が3キロ落ちてしまう
こともあるほど…!


主な練習場所は、日本ユニシスが本拠地を置く東京都江東区の体育館。

バドミントンコートが8面取れる広い体育館ですが、
基本的には一般のスポーツセンターの体育館であるため、
ユニシスの選手は体育館の半分・4面だけ使用のことも多く、
そんな時は男子と女子で2面ずつ使っています。

男女合わせて20人近くいるし、
入社予定の(?)高校生・大学生のバドミントン選手が
練習に参加していることもあるので、
かなりの人数になることもあります。

全面(8面)使える時は良いけど、
反面しか使えない時は、
実業団の練習場所としてはちょっと狭そう…。

スポンサーリンク

奥原希望のバドミントン人生は、ケガとの闘いだった

2016年のリオオリンピックで銅メダル、
2017年8月の世界選手権では優勝し、
金メダルを取った奥原希望選手。

バドミントン奥原希望の世界選手権金メダル試合「ゾーン」の画像


しかし、その後の9月に右ひざを故障し、
公式試合では10月のスーパーシリーズ、
デンマーク、フランス、中国オープンと棄権を続け、
12月の全日本総合選手権でも、
1回戦のワンプレーで1点を取った直後に棄権しました。

「出場した」という実績を作るためだけの、
予定されたワンプレー棄権だったようです。


ケガに泣かされているのは、
今期だけではありません。

激しい練習は、バドミントンを始めた
小学校1年生から始まっており、
ケガにも悩まされ続けてきました。


お父さんによるコーチで、
厳しい練習の毎日だったそうですが、

小学校時代の練習について奥原選手は、

「練習に行くのが楽しいということはなかった。

どちらかと言ったらつらかったです、
父の練習がきつくて」

と、当時のことを思い返していました。

毎日1000本ノックをするのが日課で、
時には足の皮がめくれるほどだったそうです。


「皮がむける」とかそんなレベルじゃない、
本当にズルッと「めくれる」感じですね。

痛そう…(汗)。


こんな大変な練習で楽しいとも思ってないのに続けられたのは、
一流スポーツ選手の多くに共通する、
奥原希望選手の持ち前の性格によるものでした。

奥原選手は、超負けず嫌い。

だから、「お父さんに負けたくなかった」
のだそうです。

お父さんに「あーこんなもんか」
って思われたくなくて、

もっとやる!こんなんじゃへこたれない!

と思って続けていたのだそうです…。

お父さんの思惑通りに成長してしまいましたね!

2度にわたるひざの手術

奥原希望選手は、ヒザの半月版を
損傷した経験があります。

1回目は高校生の時の2013年1月。

世界ジュニア選手権女子シングルスで優勝した直後、
左ひざの半月板を損傷し、手術を受けています。

このケガにより、
1年近くコートを離れることになります。


そしてその1年後、日本ユニシスに入社した後に、
こんどは右ひざ半月板を損傷。

選手生命の危機に立たされました。


強気で負けず嫌いの奥原選手も、
さすがにこの時は

「元通りになる自分を想像することもできず
動いてくれない足がうらめしかった」

…と、復帰をあきらめかけたことも…。


意外と考えすぎてしまう性格のため、
考えだしたら止まらなくなり、
自分と同世代の選手が活躍しているのを見ながら、
「置いて行かれそう…」
という焦りと戦っていたそうです。

2016年全日本総合選手権で右肩を傷め棄権

2016年12月の全日本総合選手権に出場した時、
奥原選手は格下の選手に大きくリードを許した後、
棄権しています。

この時奥原選手は、右肩を損傷し、
腕が上がらない状態での出場でした。

涙の途中棄権でした。

「バドミントンができない」
ということがまた来るとは思っていなかった。

オリンピックが終わってから
すごく苦しくて…

試合後の記者会見では、
泣きながら胸の内を語っていました。


そして今回の2017年全日本総合選手権での
ワンプレー棄権。

2020年の東京オリンピックを目指す
奥原選手にとって、
常につきまとうケガ・故障は不安の種です。

本当に東京オリンピックに行けるのか
という疑問をずっと持ち続け、
不安と戦っています。

奥原希望選手はとにかく食べる!

奥原選手の趣味は、食べ歩きです。

日本ユニシスの公式サイトにも、
「趣味 食べ歩き」と書いてあるのだから、
本当に食べるのが好きなんですね。

バドミントンの大先輩の陣内貴美子さんによると、
(奥原選手は)本当によく食べるのだそうですよ~。

この日の撮影でも、

キャラメルバナナケーキ
苺とルバーブのティラミス
紫芋と黒豆のモンブラン
カボチャとサツマイモのプリン

を一気に注文していました。

これ、このお店で食事したあとの注文です…。


若いのと、バドミントンのトレーニングが激しいのとで、
とにかくお腹がすくのでしょう。

食事のボリュームも、普通の女子のレベルじゃないですね。


奥原希望選手の公式インスタグラムにも、食べ物の写真がたくさんUPされています。

奥原希望選手のケガとオリンピックへの想い

奥原選手は、ケガ続きの選手生活とオリンピックについて、
以下のように語っています。

リオから東京まで
順風満帆に走り続けて金メダル、
っていうのは、

誰もが期待するストーリーですし、
その試練がどんなに苦しくても

これは金メダルに向けて
乗り越えないといけない壁なんだと受け止めて、
それを乗り越えるしかないと思っている

オリンピックでの悔しい気持ちって
オリンピックでしか晴らせないと思うので

リオで悔しい思いをした
その気持ちを乗せて
東京での舞台で頂点に立ちたい


女子シングルスは、
山口茜(再春館誓約書)
佐藤冴香(YONEX)
大堀彩(トナミ運輸)
をはじめとする、超負けず嫌いの選手が
しのぎを削る激戦区です。

本当に、誰が出てもおかしくない状況。


奥原選手には、ぜひリオでの悔しさを
東京オリンピックで晴らしてほしいものです!

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする