日馬富士略式起訴にコメント!朝青龍のSNSにUPされた動画の意味は

元横綱・日馬富士が、暴行事件の被害者である貴ノ岩との示談を取り付けることができないまま略式起訴されました。

略式起訴なので、罰金刑が課される見通しです。

これを受け、日馬富士側の弁護人がコメントを発表しています。

また、元横綱・朝青龍のSNSに、今の気持ちを詩にして語る日馬富士がUPされています。

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朝青龍のSNSにUPされた日馬富士の詩

朝青龍が、日馬富士の動画を自分のSNSにUPしました。

この動画がいつ取られたものかは不明ですが、以下のような内容のことをうたっています。

たくさん泣くのは気持ちいい

平和のためにすることは全て良いことだ

雨の夜に過ぎたことを
思い出すのは良いものだ

満月の元に一人で立つのは良いものだ

満月(イメージ)

【実際の動画はこちら】


これが事件後に撮影されたものなのかどうかは不明ですが、もし事件の後に「平和のためにすることは全て良いこと」とか語っているとしたら、ちょっとオカシイ人ですよね。

自虐ネタ?
新しい笑えないギャグ?

もしくは「角界の平和のためには、時には暴力も必要だった」とかそういうことでしょうか。

それとも、モンゴルでは「暴行事件を起こした人」っていうのと、「平和を愛する人」っていうのは別の次元で考えられているのでしょうか。


この動画とともに、朝青龍は以下のようにコメントしています。

【朝青龍】

彼と夜明けまで話した。

彼には素晴らしい人生が待っている。

彼の作った詩を皆さんにお伝えします。


朝青龍は現役時代、強くてカッコよくて好きでした。

だけど、略式起訴された時期と前後して、刑事罰を受ける張本人がこんなに楽しそうにほほ笑む動画をUPする神経は理解できません…。

やっぱり大陸の人とは分かり合えないのかな。

日馬富士は引退会見で「被害者貴ノ岩に謝らない」ことを責めたてられ、その後の弁護士の代弁による書面で「申し訳ないと思っている」という旨を語っています。

でも、日馬富士の動画や言動を見る限り、全然悪いと思ってる気持ちが伝わってこない

なんかすごく残念…。

見たくないものを見てしまったような。

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日馬富士の弁護人のコメントが残念すぎる

一方、略式起訴を受けた日馬富士の弁護人は、今回も書面にて以下のようにコメントを発表しました。

【日馬富士弁護人のコメント-抜粋-】

日馬富士は、これまで警察・検察の捜査に全面的に協力し、事実関係を明らかにして傷害の事実を認めてきました。

そのため、略式起訴の説明を受けた際にも納得の上、異議なくただちに応諾した次第です。


今回の一件で、日馬富士が思い描いていた人生は大きく変わることとなり、正直なところ無念な思いもありますが、すべて自分の責任であり、これからどういう道を歩むこととするのかをよく考え、これまでお世話になった皆様や社会に少しでも貢献したいと重いっています。


警察の捜査終了後、我々代理人は、貴ノ岩関および貴乃花親方に対し、謝罪のためお会いする機会をいただけるよう、二度にわたりお願いを申し入れてまいりましたが、かないませんでした


(略式起訴後も)日馬富士の貴ノ岩関に対する謝罪の気持ちに何ら変わることはなく、引き続き、謝罪を行うことができるよう努めて参る所存です。


この書面に対し、「ひるおび!」のコメンテーター、八代英輝弁護士のコメントは…、

八代英輝弁護士
(このような書面を出すのは)異例ですね。
「無念な思いもありますが」とは普通、書かないです。
【八代英輝弁護士のコメント続き】

「無念な思い」というコトバからにじんでくるのは、おそらく、示談に応じてもらえなかったということがあるのでは。

「示談に持ち込めれば、起訴猶予という可能性もあったのに」という。


博報堂 若者研究所リーダーの原田曜平さんは…


【原田曜平さん】

実際に無念で痛いのは貴ノ岩ですから、わざわざこんなことを書くっていうのは、よっぽど主張したいんですね。

(起訴という結果は)おかしいという気持ちを…。


でも、日本の文化からすると、加害者側がこんな「無念」とか自己弁護的なことを言いうとかなりマイナスになります。

弁護士さんを含めて、ちょっと日本の文化がイマイチ理解できてないのかな、と…。

八代英輝弁護士
この文書を出すことに、(日馬富士側に)得がない。
弁護士たるもの、依頼者の得になることをすべきなのに。


原田曜平さん
謝罪されても、「無念な思い」って言っちゃってるから、(謝罪は)ホントなの?と思ってしまいそう…。


日馬富士側からのコメントは、親方との会見・弁護人からの文書などを含めて、出せば出すほどマイナスの印象を与えてしまうものばかりのような気がします。


私個人の感覚ですが、「謝罪」って半分以上(場合によってはほとんど)加害者側のためのものだと思っています。


被害者にとっては、謝られても嫌な記憶が消えるわけではありません。

嫌な記憶が薄れるまでは、何年もかかってしまうこともあります。

後遺症などが残っているようであれば、なおさらです。


謝罪を受けることによって気が済んで、許せる気持ちになる場合もありますが、「こんな謝罪で済まそうなんて…」と、逆に腹が立ってしまう場合もあります。


一方の加害者側は、謝罪することによって「終わらせる」ことができる。

「自分は謝った」という実績を作ることができる。


謝罪によってスッキリできるのは、圧倒的に加害者の方なのです

被害者側が謝罪を受け入れることができるのは、自分の心がある程度整理できてから。

それなのに、日馬富士も弁護士も伊勢ヶ濱も朝青龍も、どこか「こっちが被害者」みたいな態度や言葉を小出しにしてくるわけで。


「本当は謝りたいわけじゃないけど、謝ったことにしてスッキリしたいだけなんじゃないの?」と思われても仕方ないですよね…。


こんなことばかり言い続けているようじゃ、いつまでたっても謝罪には応じてもらえないと思いますが、皆さんはいかが思われますか?

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